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血みどろ臓物ハイスクール
血みどろ臓物ハイスクール 著 キャシー・アッカー



01.jpg


作風のグロテスクさは、タイトルと遜色ないインパクト。
意訳かと思いきや原題は、『Blood and Guts in High School』。
ポスト・パンクの煽りと、ポルノが抜けているとつっこみたくなるほどの、性。
そのどろっどろに装飾的な構成にただ圧倒されてしまった。文字通り上から目線で、足もとすくわれて倒されました。


10歳で男と肉体関係をもつ少女ジェニー。そのインテリ顔の獣は、少女を蹂躙し続ける。ジェニーの悲劇は、その恋人でもある男が父親だったということ。
虐待の末、父親に捨てられたジェニーは、アメリカ、エジプトなどを放浪しはじめる。
その間、ジェニーの身体を通り過ぎた男達は全て獣だった。
結果、何故少女達は虐待され続けるのか。という社会問題も提起されていく。
女性蔑視問題までいきついた、少女の精神が文体とともに崩れていく様。
愛の行き着く先は、死である。
死への逃走。




〜読後
綴られた文章は、小説、詩、戯曲、ノンフィクション、感想文など、様々な形式をふんだんに使って書かれている。
その描写のほとんどは行為としてのセックスだったり、性別としての意味のセックスに関するものだ。
男性の局部を描いたイラスト、死刑囚の最後の手記のような書きなぐった意味消失している言葉の羅列など、視覚的にも攻勢な紙面。

私の常識は、比較的体制によるところがあって、刺激を求めるにも二の足を踏むばっかりで、いまいち貞操観念が抜けきれない。
体制といっても、文学的な常識ではあるが。

作品の構成は、一見、傷を見せつけるかのような異常性を感じさせる。
それは、天衣無縫といえば聞こえはいいが、子供の善意も悪意もない本能的な無邪気さに満ちていて……

作中、「マラルメ」というワードが挟まれていたが、詩の形式をとる文面だったので、ステファヌ・マラルメ(19世紀象徴派とよばれた、フランスを代表する詩人)の事なのだろう。
私もステファヌ・マラルメの詩を少しばかり通り過ぎた事はあるが、やはり難解で挫折した覚えがある。
作品の奔放さの中に著者の文芸に対する、いい意味のあざとさになっているような気がした。

退屈では決してない。
けど、キモチワルい。
それすらもすっぱり切って投げ捨てられたような読後感はキモチいい。

女バロウズかぁ。そっかぁ。



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05/08 19:59 | 書籍 | CM:0 | TB:0
東京百物語 天・地・人の巻
『東京百物語』 天・地・人の巻    種村 季弘 編



独文学者、評論家でありつつ、日本文学にも精通していた、故種村季弘(敬称略)によって編集されたアンソロジー。
戦前戦後、激動の昭和を、東京の空の下、力強く懸命に生きた人々の日常を描いたエッセイ(短編小説)集だ。

列挙されている作家は、種村自身も含め、三島由紀夫、大西信行、桂文楽、山田風太郎、坂口安吾、古今亭志ん生、等、文豪と呼ばれる文人が名を連ねる。

本書は、天、地、人の3編に別れており、小項目として、<食べ物><職人・商人><怪人・奇人>などのテーマが割り当てられている。
それは空襲前夜の民衆の様子だったり、戦後まもない復興に携わる商人、職人、ストリップ劇場。等々。
人々の生活を、一人称から三人称、ときに著者の論文のように、様々な角度から描かれている。

一般的な小説のような一貫した物語というものは、感情移入しやすく、心揺さぶられる感動があるが、本書は、アンソロジー形式にすることで、世界をより広く視界に捉える事ができるよう編纂されている。
物語を読み進めるにつれて、そのひとつひとつの街や人の情景が、まるでパズルのように頭の中で組み上がり、当時の東京が完成に近づいていく感覚になる。

私が幼いころ、軍人だった祖父から聞いた戦争。
その英雄譚の登場人物が語るような口調に、それはそれは胸を高鳴らせ、何度もねだり、聞き入ったものだ。
その影響か、当時から長い間、戦争というものについて現実感がなかった。(当たり前なのだが)
それは、映画やマンガのような文学的表現の一部のようなニュアンスのまま、私の頭の中にこびり付いてしまっていた偏見だった。

この作品に出会うまでは。

天地人、隅々まで見渡して観えたのは
人々が、生まれ、歩き、働き、食べ、笑い、泣き、死んでいく。
そして、それでも立ち上がっていく東京。

形は違えど、今も昔も、何かにあがいて、懸命に生きる人々。
読後、頭の中のその景色が、眩しくて寝付けず、閉じた目の中がちかちかした。

05/03 18:49 | 書籍 | CM:0 | TB:0
カレー野獣館 赤・黄・緑・黒
『カレー野獣館』著 虹釜 太郎
赤・黄・緑・黒      
(2014年12月25日発売)
カレー野獣館

第一声に言いたい事がある。
この本は、カレーについて、スパイスについて書かれた解説書や参考書の類ではない。
世にも奇妙な、カレー「奇書」である。
この本に出会った時の第一印象といったら、もう。
全四冊からなる短編集なのだが、文字通り、赤・黄・緑・黒の装丁。
インドの露店にところ狭しと並ぶ、なんともむせ返りそうなスパイス達をそのまま手に取ったような装丁。

語弊があるかも知れないが、確かにカレーやスパイスが中心の物語。いや、手記なのかもしれない。
語り手が見聞きする情景全てに、カレー、またはスパイスがとけ込んでしまっている。
そこから、著者は、文字を書いているのではなく、カレーを作っているのだと確信する。

装丁の、色の違いなのだが、明確にテーマが違うといったことはなく、通して読んでみると、各食、もとい各色、読後感が違うことにお気付きになると思う。
赤は刺激的な辛さ黄は少し酸味の効いた辛さ緑はマイルドな辛さ黒はデスソースのような辛さ
私の読後感はそのような印象だった。
心理テストではないが、好きな色を選び、味わっていただきたい。

読んではいけない。食べるが正しい。



織田作カレー食べたいなぁ・・・







04/29 21:07 | 書籍 | CM:0 | TB:0
ノー・ガンズ・ライフ
ハードボイルド漫画 ノー・ガンズ・ライフ 一巻 レヴュー



 身体を機械に代えて強化するという「身体拡張機能処理」を施し、大戦とよばれる戦争に参加した者を「拡張者(エクステンド)」と呼ぶ。
主人公、乾十三も「拡張者」の一人だ。
彼は身体拡張によって、頭部と両腕がリボルバーを模した機械になっている

重火器をその身に宿した、火力に特化したその能力を生かし、大戦後、「拡張者」が起こす問題を処理する仕事を営んでいた。

ハードボイルドを地でいくストーリーに興奮気味。
廃れた街で生きる「拡張者」達と関係者を、十三が大岡裁きしていく様は、カウボーイビバップ世代の私には堪らないストーリーだ。

キャラクターの人格を読者が感じ取れる作品も少ないが、『ノー・ガンズ・ライフ』はまさにそれだ。

主人公を異形の姿にする事で、かえって物語、キャラクターの人となりにのめり込める作品だ。
それはある意味ピーキーで、読者を選ぶ事にもなるのだろうとは思う。
『ドロヘドロ』などが有名だろうか。
だが、冒頭で説明したように、乾十三は頭部がそのままリボルバーの形になっていて、誰かに引き金を弾いてもらう事で本当の力が出せる。
その設定が、物語において、人と人ではなくなった拡張者との関係を繋ぎ止める重要な要素になりえている。

悪役も、悪役で、いい雰囲気のクズでして。
十三も、ヒールを演じる場面も多々ある。
だが、それはハードボイルドの王道、「人情」。
これですよ!
堅苦しい解説もしたくなりますよ。

だってかっこいいもの。
ハードボイルド

04/25 11:40 | 漫画 | CM:0 | TB:0
2015年 夏実写映画化 進撃の巨人 16巻
2015年 夏実写映画化 進撃の巨人 16巻 レヴュー

ついに来るところまで来た進撃の巨人本編。

クリスタこと、ヒストリアレイス決心の時。
ヒストリアというネーミングにもミーミングを感じますね。

ここ数巻、物語は巨人そのものの脅威よりも、全ての根源に迫る内容になってきたなぁ。

16巻は、
「地下」で、ロッド・レイスに捕われたエレンと、クリスタ=ヒストリア・レイス(以下ヒストリア)は、レイス家の血脈の重要な意味が語られる。

エレンと触れ合い、ロッドの吐露を皮切りに、忘却していたヒストリアの過去が鮮明に脳裏に蘇る。
幼少の頃、姉フリーダ・レイスと暮らした記憶。
ヒストリアロッドに、姉はどこにいるのか?と疑問を投げかける。
その時、思わぬ人物の名前が・・・・
エレンの父、グリシャ・イェーガー
彼が、フリーダや他の家族を殺したという。
衝撃を受ける、エレンヒストリア

その同時刻、リヴァイ率いる調査兵団は「地下」への突入準備に入っていた。

はたして、ロッドの言葉の真偽は、真意はどこにあるのか。
捕われるエレンを見る、ヒストリアの視線には何が移るのか。
今回の事件の実行犯、アッカーマンの名を持つケニー、彼の目的は。


次第に明らかになる人類の権力争いの歴史。
人類と巨人の歴史が根源に向かい収束していく。


戦いとも違う、醜い人の業をまざまざと見せつけられる16巻。
疑心暗鬼、人は人を陥れ、騙し、殺し、巨人をも利用して世界を作ってきた。
それでも、最後エレンヒストリア、両者の心の変遷は実に醜く美しいと思う。

これまでは、巨人の脅威に団結した共通意識としての正義が描かれていた。
しかし核心に近づく程に、104期兵の新兵達個々の人格の中に、迷いながら、間違いながら「自分の正義」が生まれ始めているのが解る。
作中、歴史の「節目」に居合わせた壁の中の少年少女は、新しい人類になれるのだろうか。



04/15 22:48 | 漫画 | CM:0 | TB:0
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